私の祖母は、暦を大切にして暮らしていました。
「今日は〇〇の日だよ」
「夜寒くなるから上着を持って行きなさいよ〜」
二十四節気や七十二候を暮らしの中に取り入れ、季節の移ろいを感じながら毎日を過ごしていた祖母。
子どもの頃は、そんな祖母の言葉を何気なく聞いていました。
けれど、今振り返ると、祖母はカレンダーの日付だけでなく、自然の変化に目を向けながら暮らしていたのだと思います。
季節が変わることを知り、それに合わせて日々の暮らしを整える。
特別なことではなく、当たり前のように繰り返されていた日常。
その記憶が、今も私の中に残っています。
季節の節目は、自分自身の節目にも
私たちは普段、カレンダーを見ながら毎日を過ごしています。
今日は何日、明日は何日。
仕事の予定や、やらなければならないこと。
気がつけば、数字や時間に追われるように、一日が過ぎてしまうこともあります。
そんな日々の中で、私が大切にしているのが「暦と暮らす」ということです。
朝の空気が少し変わったこと。
日が暮れるのが早くなったこと。
庭の草花や、食卓に並ぶ食材が変わっていくこと。
季節の移ろいに目を向けると、いつもと同じように過ぎていく毎日の中にも、小さな変化があることに気づきます。
そして、季節の節目を感じることは、自分自身の節目を感じることにもつながっているように思います。
今の自分はどうだろう。
これから、どんな時間を過ごしていきたいだろう。
少し立ち止まって、自分の心に目を向けてみる。
カレンダーの数字を追いかけるだけの暮らしよりも、心の中に少し余白が生まれるような気がしています。
私は、そんな時間を大切にしたいと思っています。
自然の巡りとともに暮らす
最近は「地球暦」にも触れ、自然の巡りや時間の捉え方について学んでいます。
地球が太陽の周りを巡り、季節が繰り返されていくこと。
当たり前のように感じていた一年という時間も、少し違った視点から眺めてみると、新しい発見があります。
宇宙から地球を眺めるように考えてみると、そこには日本があり、九州があり、そして私が暮らす熊本があります。
そんな大きな視点で物事を捉えてみると、今まで気にしていたことや、あれこれ考えていたことも、少し違って見えてきました。
私たちは、つい目の前の出来事に心を奪われ、悩んだり、考えすぎたりしてしまうことがあります。
でも、宇宙という大きな世界の中にいる自分を思うと、そんなにくよくよ考えなくてもいいのかもしれない。
そう感じたとき、なんだか心がふっと軽くなったのです。
もちろん、日々の出来事や自分の気持ちを大切にすることも必要です。
ただ、時には視点を変えて、もっと大きな世界から自分の暮らしを眺めてみる。
それだけで、心に少し余白が生まれるような気がしています。
まだまだ知らないことばかりですが、これからも暦について深く学び、自分の暮らしの中に取り入れていきたいと思っています。
暦と食育のつながり
そして、季節を感じることは、私が大切にしている食育にもつながっています。
春には春の、夏には夏の、秋には秋の、冬には冬の恵みがあります。
旬の食材をいただき、そのおいしさを家族と分かち合う。
「もう栗の季節だね」
「新米がおいしいね」
そんな何気ない食卓での会話も、子どもたちが季節を知り、自然に親しむきっかけになります。
食育は、料理を作ることや栄養について学ぶことだけではありません。
自然の変化に気づき、旬の恵みに感謝し、日々の暮らしを大切にすること。
そうした小さな積み重ねが、子どもたちの感性や豊かな心を育んでいくのだと思います。
暦とともに、これからも
忙しい毎日だからこそ、ほんの少し季節に目を向けてみる。
今日の空はどんな色だろう。
今は何がおいしい季節だろう。
そんな小さな気づきが、いつもの日常を少し豊かにしてくれる気がします。
祖母が当たり前のように大切にしていた、季節とともにある暮らし。
その記憶を心に置きながら、私も自分らしく、暦とともに日々を重ねていきたいと思っています。
そして、暦を通して感じたことや季節の楽しみを、これからこのコラムでも少しずつ綴っていきたいと思います。
松野文枝
